二百五十文字の×× 牛良さま
内科主任室には二人の人物がいた。この部屋の主であるカジャ・ニザリと、突然訪問したニコラルーン・マーベリック。 普段は視界の隅に入れるのも嫌なくらい険悪な二人だが、一応互いに用事があったのでしぶしぶ同室している。 種族的にも仲のよくない二人は、話し合いをしようにも最初から喧嘩腰だった。 「なぜそんな結論になる?!
ラフェール人の短絡思考は全くどうにもならないな!」 「そっちこそ、よくそんな周りくどい方法を考えつくものだ。白氏の胡乱さこそ早急に改善すべきだね」 元々平和的解決など望むべくもなかった話し合いである。議論は喧嘩腰のまま、平行線をたどりそうな気配だった。しかし話は何とかまとめなければならない。面倒くさくなったニコルは相手を黙らせるための強硬手段に出た。年齢には3倍近く年上だが少年の姿形をしているカジャを、簡易ベッドに押し倒したのである。 「な、なんの真似だこれは!」 ただ黙って欲しかっただけで咄嗟の行動に意味はないのだが、問われてニコルは考えてみた。うろたえるカジャの表情が楽しい、しかも陰険な上司が床にころがっていたゴルフボールにつまづいた場面を運よく目撃できた時のごとくスカっとする。 これはイイ。 ニコルは天使のごとき微笑を浮かべて意表をついた。 「ん−、強姦?」 「ちょっと待て!」 カジャは本気で慌てた。何とかふりほどこうとするのだが、ニコルは華奢な外見に似合わず、けっこう力持ちだった。見た目通り少年の力しかないカジャは容易く押さえ込まれたまま身動きがとれない。なおももがこうとする腕を押さえつけ、ニコルが楽しそうに笑った。 「いやだ♪」 場違いなほど爽やかに答えるニコルに、カジャは蒼白になった。腕力でも敵わないし、それ以上に厄介な超能力でも敵わない。このままでは否応なく××されてしまう。基地内の下品な某ホモポルノ雑誌じゃあるまいし、こんな展開冗談ではない。 最近運動不足だから体も固いし、意外とガタイのいいこの男を相手にしたら絶対切れ痔になる。 いや、そういう問題じゃなく! 焦るあまり、カジャは叫んでいた。 「どうしてもやるというなら動機を250文字以内で述べろ!」 ニコルが目をしばたたかせた。当たり前だが、この状態でそんなことを言われるとは思わなかったらしい。無言になり、しばし虚空を見つめる。 そして一言。 「う・ず・い・た・か・らv」 静止と沈黙。 一拍遅れてカジャの怒鳴り声が響いた。 「たった6文字じゃないか!」 それより問題なのは理由のいい加減さである。 「だってそれ以上理由が考えつかないんだもの」 たとえ本心だとしても、はっきりと本人に言うのは無神経というものである。しかしカジャの怒りは違う方向に向いていた。 「諦めるな!もっと真剣に考えればあと100字くらい出せるだろう?!」 もっと違うことを諦めさせた方がいいと思うのだが、カジャは元が動揺していたことも相俟って失念していた。その上なぜか激励までしているが、本人が気づかないのではしょうがない。 「そうだなぁ、うーん」 相変わらずベッドに押し倒した態勢で、ニコルが緊迫感に欠ける声を出す。カジャは己をここまで混乱させている相手に憤慨した。 「全く君は失礼な奴だな!こんな態勢にしてからでは、わずかな字数制限付きの動機も言えないのか?」 白氏特有の傲慢モードで言い捨てる。おまけに年期の入った、見た者の神経を逆なでられずにはおけない冷笑付。ニコルはむっとした。 「"なんとなく君の白いくせっ毛が目についた。ムカっときた。なんとなく君の柔らかそうな唇が視界に入った。ムラっときた。 抱きたくなった、いじめたくなった、泣かせたくなった、イカせたくなった。"以上、100字くらいいったんじゃない?」 さすがと言おうか、銀河連邦宇宙軍の優秀な情報部員は短時間で難題をクリアしてみせた。しかし早食いが味にこだわらないのといっしょで、多少長くなっても相変わらず中身のない、どうでもいい理由である。だが、繰り返すがカジャの関心はそこにはなかった。 「…確かに句読点を入れれば100文字ちょうどだ」 100字と言って見事に100字で言い切った相手に、カジャの頬がくやしそうに歪む。それを了解と受け取ったニコルが、嬉々としてカジャのワイシャツのボタンに手をかけた。 「じゃ、さっそく♪」 「わ、待てコラ。まだ150文字足りないぞ!」 「もういいじゃない」 「ダメだ。250文字言えるまでは断固抗議する」 どうでもいいが、カジャの口ぶりでは250文字言い切ったら相手を受け入れるつもりに聞こえる。ニコルもそう解釈したのだろう。強硬な態度を一時停止した。 「えーと、じゃあね…」 ニコルが再度、視線を宙にさまよわせる。さきほどより長い静寂が落ちる。 やがてニコルが小さく首をふった。見る者全てが息を飲むほどの清楚な美貌には、深い悲しみが浮かんでいる。 「…だめだ。君への思いを限られた言葉でなんか言い尽くせないよ。心拍数も血圧も上がって特にここ…左心弁かな?ドキドキして、全開で血液を循環させてるのが解る。それに今はこんな態勢だから胸部全体が高鳴ってるし。…ずっと同じ姿勢だから腕の筋肉も高鳴ってきたけどね」 ニコルが胸に手を当て、はにかみながら目を伏せる。また少し長くなって情感は込められたが、相変わらずどうでもいい理由である。というか、まるで色気ある内容ではない。そして、ひょっとしたら内科医同士通じ合うものがあるかもしれなかった身体内部構造を織り込んだ告白に、1ミリも心動かされなかったカジャは傲然と言い放った。 「今のはカウントしていいのか?」 「え、数えてたの?」 ニコルもあっさり表情を元に戻す。必殺のエンゼルスマイル攻撃が効かないなら乱用する必要はなかった。もっとも、天使のごときというならカジャも負けず劣らずの麗しさだったが。 「155文字。さっきの100文字と合わせると少々オーバーだな」 言葉に毒矢を持った天使は、論文を採点する指導教官のような口ぶりでふんぞりかえった。ニコルは学生のように反論する。 「少ないならまだしも、多すぎるなら文句言うことないじゃないか!」 「ダメだ。規定は250文字以内と言ったはずだ」 規定だったのか。 ニコルは面倒くさくなってため息をついた。 「君は本当に律義だなぁ。そんなこと言って時間をかせいで、実は最初から私に抱かせる気がないんだろう?」 「だから最初からその気はないと言っているだろうがっ!!」 本気で怒るカジャに、ニコルはふと重大なことを思い出した。 「あ、そういえば私、無理やり抱こうとしてたんだっけ」 にわかに初志を思い出してぽんと手を打つニコル。 「そうだ。忘れるなオロカ者」 傲然と非難するカジャ。むしろ忘れてもらった方が良かったと思いますが、とは万人の思うツッコミ所である。 「…ってことは、非合意で強硬突破しちゃっていいってことだよね?」 再度発揮される天使の微笑。しかし天使らしいのは顔だけで、その口から発せられる内容は限りなく不穏である。 「ダメだ!」 「どうして?君、ムリヤリ系の方が絶対似合うと思うんだよね。普段が傲慢だから、こんな時くらいプライドをへし折って哀願させるとものすごくそそると思うんだ<」 至極、ごもっとも。 「そんなことされたって私はちっとも楽しくないだろうが!」 こちらもまことにごもっとも。 「だから強●するって言ってるんじゃないか。ホント白氏は物忘れが激しいなぁ」 「だから嫌だと言ってるんじゃないか!他人の言葉を聞けというんだラフェール人!」 以下、口論は外科主任の突然の訪問によって立ち切れるまで続く。 結局どんな態勢になっても種族不和も交じった不毛な議論は続くのだった。
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