内科主任室を訪れたサラディン・アラムートは、これ以上ない意表をついた光景を目の前に、けっこう長い間無言だった。

 サラディンは素直に驚いていた。自分の30年来の茶飲み友達である外見美少年を、最近やって来た天使のごとき美青年がベッドに押し倒している。意外なのは、見た目こそ美少年だが劇薬・毒物スペシャリストの茶飲み友達に無謀なことをする勇気がある者が居たことと、それが華奢な美青年だったことと、そんな態勢でもあまり色艶を感じさせない不思議さだった。白氏とラフェール人という、少数種族同士の取り合わせが逆に動物園の珍獣めいて物珍しさが先立つのかも
しれない。第一これは、そもそもが艶場ではないかもしれない。実は特殊種族同士の挨拶かもしれないし、ケンカかも
しれないし、スポーツである可能性も捨て切れない。異文化コミュニケーションはあなどれないのだ。
「…出来れば何かコメントが欲しいのですが…」
 ニコルがたまりかねたように声をかけ、サラディンの黙考を破った。確かに艶場であろうとなかろうと、黙って見ていられては落ち着かないだろう。サラディンは軽く頭を振って、まず後ろ手に扉を閉めた。
「失礼。この場に相応しいコメントを述べるために、今のお二人の状況がどういうものなのか、分析していたのです」
 ニコルが意外そうに目をしばたたかせた。
「見たままには受け取れませんか?」
 動物園の…と言いかけてサラディンは口をつぐむ。珍獣というなら自分も当てはまってしまうし、さすがに面と向かって言うのははばかられた。代わりに火種をまいてみる。
「以前、オスカーシュタイン大尉と似たような状況になっていましたが、その時は色事ではなかったようなので…」
 言い放った瞬間、ニコルがものすごい勢いでカジャに詰め寄った。
「なんだって?! ルーシーとはもう経験済!?!」
「違うっ!!!!!」
 ニコルの発言に、カジャが総毛立ってわめく。その否定に、煥発入れず美声二重奏が返された。
「「なにが?」」
 カジャは、一見物腰柔らかだが腹黒い美形同士、茶飲み友達とラフェール人変質者に結託の嫌疑をかけた。もちろん
悪意をもって自分を貶めるための結託だ。
 何のためにそんなことをするのか?
 決まっている。人をダシにして自分たちが楽しむためだ。
 やはり結託しているのか、所作の優雅な美青年二人は似たような温和な表情を浮かべ、不穏な話題に花を咲かせた。
「確かに、ルーシーとなら体格差という点では絵になるしねぇ」
「それを言うなら、我々とカジャだって十分鑑賞に堪えられると思いますよ」
 本来、この手の話題は嫌うサラディンさえ、人の良い笑みを浮かべて変態ラフェール人に合いの手を入れている。そんなに自分をからかいたいのかと思うと、カジャはウツになりそうだった。
「ルーシーにまで手を出しているなんて、見かけによらずおませさんなんだねぇ」
「何がおませさんだ!私の方が年上だと何度も言ってるだろう!!」
 子供扱いされたカジャはニコルに食ってかかる。ちなみに態勢は依然変化なく、年齢的にも階級的にも下剋上である。
「年上だから、それなりに経験も積んでいるって?だから私ごときのテクニックでは満足できないと、こういうこと?」
「発展家だったんですね、カジャ」
 二人して、イヤな笑顔でこちらを見ていると気分が悪くなってくる。ただでさえ、表情一つで相手を天国にも地獄にも突き飛ばせる顔面凶器が二人だ。カジャは本当に気分が悪くなって来て、そしてブチ切れた。
「あぁそうだとも!私とオスカーシュタイン大尉はぶっちぎりの仲だとも!」
 言った瞬間、二人がたじろいだ。それを見たカジャは思いッきり溜飲が下がる。二人があの、顔も頭も能力も非常識の産物である黒髪の大尉を憎からず思っているのは知っている。誰かと艶めいた話題が上がれば嫉妬せずにはいられないだろう。
 しかしカジャは報復の可能性を失念していた。
 金髪と青緑髪の美形は、揃って不穏な笑いを浮かべる。
「…へぇええぇえ。ルーシーにどういうふうにぶっちぎられたのか聞きたいなぁああ」
「私もその、ぶっちぎり加減の詳細をうかがいたいですね、カジャ」
 カジャは背筋が寒くなるのを感じた。どんな手段を使っても口を割らせようという殺気が見え隠れしている。言葉、拳、超能力、いずれの暴力もカジャをはるかに凌駕する人間凶器が二人。ウカツなことはしゃべれない。
 カジャが焦って喋れないでいるうちに、サラディンが余計な口をきいた。
「先日のオスカーシュタイン大尉との艶事未遂事件ですが、私は後半からして見ていません。前半はどんな様子だったのか教えてもらえませんか?」
 答えにくい話を答えやすいよう優しく先導してくれたようだが、そんな親切は迷惑だった。カジャは屈辱の記憶を思い出しかけて、むくれて黙り込む。今度はニコルが余計な口を開いた。
「ちなみに後半はどんな様子だったんですか?」
 これはサラディンに聞いたものなので、麗しい外科医はあっさりと答える。
「私が見た時は、カジャがベッドでオスカーシュタイン大尉に押さえ込まれていて、その後逃げ出そうとしたカジャをオスカーシュタイン大尉が後ろから抱きすくめて髪でいたぶっていました」
 優秀な外科医が観察結果を正確かつ簡潔に答えると同時に、ニコルがまたものすごい勢いでカジャに詰め寄った。
「ルーシーの黒髪でいたぶられたの!?!」
「い、いや…」
 カジャは嫌な思い出に言葉を濁したが、サラディンは容赦なかった。
「脅えるカジャの目の前で、髪を操ってペンを砕いて自身の力を誇示していました。なかなかセクシーな声で脅していましたねぇ」
 その声を思い出してか、サラディンがうっとりと宙を見た。最悪だ。こいつの頭からあの時の記憶を消せないものか、カジャは本気で思案する。すっごくすっごくすっごーーーーーぉくイヤだけど、O2だったら部分的に消してくれるかもしれない。しかしそれは、悪魔と契約するよりはるかに悪質な方法だった。O2を悪徳高利貸とすると、悪魔は信用金庫を通り越して無期限無担保の親しい血縁(カジャの血縁は違うが、一般的にはそうらしい)にさえ思えてくる善良さ加減だ。血迷ってもそんなモノとは契約したくない。
 カジャが心の悪魔の誘惑と戦っているうちに、ニコルがうっとりとつぶやいた。
「いいなぁ…」
「「えぇえ?!」」
 今度はサイコドクターズの美声二重奏が奏でられる。カジャとサラディンは黙したまま、目で語り合った。
「黒髪フェチだったのか…」
「黒髪フェチだったんですね…」
 ちょっと変わった性格ではあるが、根底は真面目で善良だと思っていたこのラフェール人が実は黒髪フェチ。白髪と青緑髪のサイコドクターズには決して被害が及ばないのでフェチでも変態でも構わないが、なんかこう、人事ながら種族の将来が不安になる。そしてこちらはやや他人事ではないのだが、黒髪フェチに懐かれるルシファードもなんだか哀れだった。
「私も一度、ルーシーの黒髪でいたぶられたいとは思ってるんだけど。本気で怒らせるとかなり命取りになるから加減が難しくて困ってるんだよね」
 金持ちが、持て余した財産で城を買おうか豪華客船を買おうか迷っているような優雅な口ぶりに、庶民二人は口を挟めなかった。もちろん問題は金銭感覚のズレではなく、趣向のズレだったが。
「で、無謀すぎな白氏様はどうやってそこまでルーシーを怒らせたの?後学のために聞かせて欲しいなぁ」
 …こいつ「後学」とか言って絶対即・実践する!
 カジャは現実をソフトに丸め込んで暴露しようとした。それしか方法がなかったのだ。
「勘違いするな!大尉と私は…っ」
「「飼い主とペットの関係」」
「違ーーーーうっ!!!」
 またしても絶妙なタイミングで返された不穏な二重奏に、カジャは音量だけはその倍近い声を張り上げていた。

 

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前ジャンルの縁で仲良くしてもらっている
牛良女史から戴きました☆
これくらい仲が悪くて阿呆な関係が大好きです。
自分では書けないんですが(苦笑)罵り合い萌えー。
和泉さんとわけあったので続きはあちらのお宅でどうぞ。

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