小さな魔女が小さな犬に出会う話

 

 

  白い山のふもとには、小さな家がありました。山の中腹から湧き出した川は、そのまん前を流れて、ちょっとした堀のようになっていました。この家を訪れる人はみんな、小さな橋を渡っていくのです。

 小さな家には、小さな白い髪と白い肌のまじょっこが、一人で長いこと暮らしています。

 その朝まじょっこが散歩に出ると、川がもうすっかり露草色なのに気がつきました。

「もうこんな時期か!どおりで昨日は随分、苔たちがさわさわしていると思った」

 手とひざを橋にぺたんとついて水面を覗き込むと、優雅な魚たちが綺麗に染まっているのが清んだ水越しによく見えて、思わずうっとりとため息をつきました。

「今年はいい色が出たなあ」

 そして家にとって返し、彼は魚とりの罠を持ちだして改めて歩き始めました。

「箒星のかけら、白桔梗の花、リーリマーフの燐粉にサリタリアの月光」

 きれいな声で謡いながら、まじょっこはもっと川の上流を目指して登ってゆきます。

 その名前を、カジャ・ニザリといいました。

 

 あまり知っている人はいませんけれど、カジャは、元は精霊です。

 ずっと昔ある人に拾われて魔力と、人間の姿をもらったので、それから魔女として暮らしているのです。

 この辺境には腕のいい魔女など極々少ないので、その助けが欲しい人は、随分遠くからでも彼の小さな家目指してやってくるのでした。とはいえ彼も万能と言うわけではなくて、実戦よりは魔法薬の方が得意です。

 この時期だけの露草色の鱗の粉は、彼の基本の持ち薬の一つです。いろいろなものとかけあわせて、いろいろな薬をつくります。

「箒星のかけら、白桔梗の花、リーリマーフの燐粉にサリタリアの月光…ああ」

 川岸沿いに歩いてきたところ、わさわさと胞子を散らしているきのこが見えてきたところで、カジャは立ち止まりました。

「今年はこの辺りがいいのかな…やれやれ疲れた」

 愛らしい少女のような姿に反して、中身は中々不精のカジャは、少しの運動でもくたびれてしまうのです。

 手早く罠を仕掛けて、ついでに白いきのこも採っておこうかと、散歩がてらにゆっくり歩き出しました。

「使いでがそんなにいいわけでもないが、チタリーの十月きのこが珍しいのは確かだからな。…それにしても、私も…、あれ」

 視界の隅に何か動いた気がして、小さなまじょっこは首を傾げました。すぐに足元で、きゅうんと鳴く声が聞こえました。

「れ、うわっ」

 それがあんまり近くにいて、カジャは驚きのあまり飛びのいてしまいました。それはよく見れば、

「…なんだ」

 ただの白い仔犬だったのですが。

 気恥ずかしさを紛らわすように、彼は左手をまだばくばく鼓動が言っている胸に当てて、右手でその犬の頭をなでてやりました。そして、

「……ほんとうにただの犬だなあ」

 カジャは呟きました。

「どうしたんだ、お前。ここは私以外が来るようなところでもないのに。迷い犬か?」

 きゅうん、と仔犬は答えましたが、あいにくカジャは犬の言葉をよく知らないのでした。

「お前がフグかヤドクガエルか、あるいはサンゴヘビかなんかだったら、私も言いたいことをわかってやれるんだが」

 何故そんな猛毒の動物としか意思の疎通ができないのですか、と仔犬は言いたかったかもしれませんが、やっぱりきゅうん、としか通じません。

「とりあえず私は作業を終わらせなければいけないんだ。もし何かあるなら、その後にしてくれ」

 カジャはまず大きなやわらかいきのこをナイフで切り取り、一休みしてソーダ水を飲み、ビスケットを迷い犬と半分こにしてあげました。それから罠のところまで戻って、魚が六匹、かかっているのを見つけたので、小さな一匹は逃がしてやりました。

 振り返ると、まだ迷い犬がきちんとお座りしてカジャのことを待っているではありませんか。

 そんなわけでその日まじょっこは、切り取った十月きのこを八切れと、露草色の魚を五匹、それから白い仔犬を一匹抱えて、小さな家に戻ってきました。

 

 

 

 

 

 

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