白い山の十月の話

 

 

 

 世界の中心から少し北東に行ったところに、真っ白い苔の生している、まあるい山がありました。

 木はなく、土の色も見えず、ただ白い苔ばかりが隙間なく山を覆っている様子は、粉砂糖をかけすぎたババロアのようです。

 その中腹ほどから紺瑠璃色の泉がわいて、ふもとまで小さな流れを作っていました。紺瑠璃の水に棲む魚たちも、もちろんみんな綺麗に染まって、紺瑠璃色をしています。

 それは、十月の最初の晩のことでした。

 雨は夕方の前でやみ、昨日までとは違う、金色の大きな月がのぼりました。山は月の光を受けて、ふんわりと夜の中で光っていました。

…ふっ、と。

 どうしたことでしょう。何にもないはずの苔の表面に、点々と小さな影ができています。

 誰も見ていない月の闇の中で、それはそろり、そろりと呼吸しています。

 ふうっと大きくなり、また少し小さくなりながら、この時期一月かけて成長する、それはきのこでした。苔と同じ白さだけれど、光の加減によって薄く虹色に影がつくようでした。

 そろり、そろりと闇を呼吸して、生まれたてのきのこたちは育ちます。山はふんわりと、一晩中光り続けます。

 紺瑠璃の流れは静まり返って、魚たちはすっかり寝入っています…

 

 ゆっくりと歩み続けた月の旅が、今夜も漸く終わるころ、きのこたちはふいにぶるぶると震えだしました。

 空が白んだ東のほうに位置するきのこから順に、ばふ、ばふ、ぼふっと胞子を吐いて、曙光がまるで彼らにとって猛毒だとでもいうかのようです。

 尤も雨の日でもなければ、きのこたちはこうやってたまに胞子を吐くほかは、昼間はすっかりおとなしくしているのです。

 胞子は風に飛ばされて、いくつかは水面に落ちました。真っ白な胞子は水に溶けて、紺瑠璃色を段々染め替えていきました。

 紺瑠璃から藍色へ。藍色からラピスラズリへ。ラピスラズリから菫色へ。菫色からカンパニュラへ。カンパニュラ、竜胆色、コバルトブルー、ニゼル、ラベンダー…露草色。

 露草色になった川は、所々で魚を跳ねさせながら、なだらかにふもとまで続いていきます。

 魚もすっかり、露草で染めた色に変わっています。

 昇りきった朝日が、あの苔の不思議なひかりを拭い去ってしまいました。

 十月は、この川が露草色になる季節なのです。

 

 

 

 

 

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