ちいさな魔女の正体の話




「そういえば、カジャは元は精霊だったということですが」
 ドアの向こうから漏れ聞こえた言葉に、ニコラルーンは立ち止まりました。
「――なんの精霊だったのですか?」
 テーブルワゴンをそっと、音が立たないように止めて耳をすませます。白磁に葡萄の意匠がほどこされたティーカップが三客、焼き林檎とホイップクリームを添えた金色のスコーンは、寝かせてあった生地を急遽練り直して客人のために焼きあげたばかりです。
「知りたいか?」
 ちいさな魔女の重々しい声が聴こえました。
「ええ、まあ、それなりに……」
「そうか、知りたいか。君がそこまで言うなら教えてやろう」
 ちいさな魔女はあっさり言いました。
「君は驚くかも知れないがな。―――うさぎだったのだよ」
「見たまんまではありませんか」
 二人の突っ込みの声はハモりました。ん?と言う顔でドアの方角を四つの目が見やり、立ち聞きがバレたニコラルーンは観念してドアを開けました。
「いや、つい聴こえてしまって。お茶ですよ、東の魔女殿にはパンプキンスコーンをどうぞ。お夜食です」
「あ、どうも、ご丁寧に」
 なんだか真実給仕のような役どころになっていますが、あまりそういうことが気になる性質ではないのが幸いです。 
「ところでなぜ、砂漠の畔に住むあなたが、この時期にこちらにやってきたのですか?」
さりげなく訊きます。
「おや、ご存知ありませんでしたか」
 サラディンは、カジャに軽く批難の眼差しをやりました。
「……あれだけ手伝わされているようでしたのに」
 小さな魔女はそんな眼差しをどこ吹く風でリルカ茶――これはサラディンが持ってきた砂牛の濃厚なミルクがたっぷり入っています――をふうふう冷ましました。
そうして一息つくと、唄うように言います。
「契約以前のつごもり、精霊たちの火祭、獣の犠牲の夜……」
「第四界のハロウィーンに、魔物魔女から精霊まで、あまねく住人たちは寄り集まって大会を開きます。私やカジャなどは基本的に付き合いが悪いほうですが、大会の持つエネルギーはあなどれません」
「基本的に開催地の近くにいれば余剰なエネルギーを吸収することも出来るし、あれだけの熱量が放出されているんだ、毎年何かしらトラブルが起きる。近くにいれば対応もできようものだからな」
 二人ははそう頷きあいました。
「なるほど。それで、じゃあ、東の魔女殿がこちらへおいでになったと言うのは……」
「ええ」
 金のスプーンを優雅にあやつり、熱い茶をゆったりとまぜながら、サラディンは言いました。
「今年のハロウィーン大会は、この近所で行うのです。この白い山から東へ20メリル」





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