断 章



 
 星が降っていた。
 はるかな高みから美しい星々の雨を俯瞰して、彼はふうっと息をつく。
 四界の座標において教会の公式を使う人間、そんな存在には彼といえども、たった一人にしか思い当たらない。
(そろそろあの子も、じれったいのかもしれない)
 本来四界の空気は、ニコラルーンの肌に合うものではあるはずだったのだが、何をするでもなくホームステイを命じられてすでに半年になる……。
 かつては歩むごとに足元から花が咲き乱れると言われた姿をひるがえして、彼は鏡に向かった。
 その銀色の光の中に目当ての相手を認めると、僅かに眉をひそめ前置きもなしに話しかけた。

「――ハロウィーンというものをご存知ですか?」
「万聖節の前夜祭だろう。神学者のいう第三界以降の階層あたりでは好んで祭りの理由になっているな。魔の季節の名の理由だ」
 話しかけられた方も、驚きもせずに応じた。
「まあ、ご存知だったなんて。ならばその手を今すぐお止めなさい」
「私には関係がないことだ」
 そういつもの流儀でばっさりと切り捨てたものの、それには相手が悪かったと思い直して、男は虚空に旋律を刻む手を少しだけ緩めて補足のように言った。
「お前にだって本当は大して関係ない事だろう。聖も魔も高すぎる階梯の上では同じことだ。本来なら第一界のお前が少しばかり好んで魔の領域に関わったからと言って大した影響もないのは、存在そのものの圧倒的な差の恩恵だろうが」
「そんな話はしておりません」
 その口調に、彼はもう少しだけ集中力を削って耳を傾ける。相手が何を苛ついているのかよく把握できない。
「あなたがいつまでもこの六界でそんな膨大な質量の書き換えなどを行っていると、私がここから動けないんですのよ」
 オリビエ・オスカーシュタインは眉をひそめた。
 友人はいつもと同じように、あの力で鏡の中に映っている。淡い星あかりがそれを照らしている。その表情に不穏な気配を感じて身構えるより、衝撃のほうが早く来た。
 完璧な不意打ちだった。
「ぐっ……」
(いつの間に実体のほうまで来ていたんだ!!?)
 問答無用のやり口に半ば呆れ、半ば感嘆して彼は受身を取ろうとする。轟音の中、やたらと明るい声がささやくようにはっきりと聴こえた。
「私は今年はお招きに預かりまして、四界に遊びに行きますの。あなたも少しは骨休めなさい。どこに飛ばされるかは私も存じませんが――」
 おい、今なんと言った!?
「あなたならまあまず大丈夫でしょう。もう何年もそこから動いておりませんことよ、見てるほうがダルくなって来ました。」
 よろしければハロウィーンに四界でお会いしましょう。
――冗談ではない。
 のんきな言い分に唖然とする彼を置き去りに、銀色の星は長く尾を引いて流れた。





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