金平糖を降らせ
人の話



 星が降っています。
 文字通り金平糖のような、鈍く光る星のかけらが、ぱらぱらと小さな音をたてて窓を叩いていて、小さな魔女がふと目を覚ますと、窓の外が朧に光っているのが見えました。
 まじょっこは訝しみました。明日からは十月で、きのこがさわさわとざわめいているのかと思い、それもどうも違うようだと気づきました。そもそも今年の一日は新月で、きのこが月の闇を吸って大きくなるには早いのです。
 万が一にも暦を読み違えたかと不安になって、カジャはカンテラを手にとると、そっと寝台を抜け出しました。ひんやりとした木の床が、音を立てずに微かにきしみました。枕許で仔犬がまるくなっています。あと二時間もすれば、近頃めっきり遅くなった日の出です。
 誰にも気づかれぬよう家の外に出ると、橋のこちら側に人影が見えました。彼は、星を落としているようでした。
 カジャは多少の安堵と共に、
「……何をしている」
 釘を刺そうと声を出しました。
「あ。ごめんー起こした?」
「四界では君の行動は私の監視下にあるのだよ。怪しげなことをされては困るな」
 不本意ながらもカジャたちがいい加減その存在に慣れてしまった長期滞在の聖職者は、作業の手を止めずににこやかな愛想を振りまいています。
「起こしたら悪いかと思ったんだ。君たちには関係のないことだから」
 よく見ると地上には一面に、粗く砕いた貝殻で、詳細な星図が記されていました。ニコラルーンがこん、こんと杖で貝を叩くたびに、天上の星がぱらぱらと落ちてきます。
「この辺りの星は珍しいから、少しかけらを採っておこうと思って。明日になったらそれどころじゃないと気づいたから、今日やってしまおうとさっき思ったんだ。幸い新月だったし、構わないよね?」
「それはまあ構わないが……ずいぶん古めかしいことをやっているな」
 星のかけらは世界の果てで氷が触れ合うような音をたてて降ってきます。それを選別し、大きいものから銀色の液体が満ちた手桶に放りこんでいるニコラルーンの姿を、カジャはふっと注視しました。もちろん小さな魔女にしてみれば慣れぬ聖職者の修法はそれなりに興味深いのですが、
「それ、久しぶりだな」
 彼は、黒いローブを身につけていました。銀の刺繍は効力こそ怪しいものですが、明らかに魔除けです。教会の紋章が縫い取られているそれは、紛れもない司祭の正装でした。
 さすがに気まずそうな表情がかえってきました。
「……一応ね、星落としは教会の公式修法だから。これ着てないとできないんだよ」
「教会公式か。道理で古臭いはずだ」
 星々は無数に地面に落ちて、弱い光を放っています。中でも、朝を待たずに土に融けてしまいそうな一粒を、カジャは拾い上げると軽くはらってそっと口にいれました。
 かけらはひんやりとほのかに甘く、ほろほろと砕けて躯に染み入るようです。
「解っているとは思うが、明日から当分そんなものは着られないからな」
「了解いたしました。トラブルを起さぬよう相努めましょう」
 教会上層部をだまくらかしてきたのだろう神妙な態度と言葉にふいとすりかわって、司祭の姿をした何者かはそんなことを言いました。
 小さな魔女は多少の感銘も受けずに、欠伸をすると寝室にとって返しました。



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