魔王の弁明

 

 

 

 

 

 

「この悪趣味」

 その言葉は銀の凶器のように魔王の心臓を射抜きました。

「彼にかけた呪いを、私の与り知らぬところで、よくも妙なかたちに変えましたね」

 サラディンは琥珀色の眼を細めると使い魔に向き直り、

「あなたはカジャが、あの元変態の毒牙にかかってもよろしいのですか?あんな子供をわざわざ的にさせるなんて、今回ばかりは呆れました」

 

 細い滝が岩の間から、連綿と流れ落ちています。

 東の魔女の庭院でした。

 上流から流れてきた金色の花弁が、水ともつれて滝壺に落ちては、一枚、また一枚とぷかりぷかり浮かんできます。

 その美しい様子をどこか遠い目で見つめながら、

「誤解です……」

 ルシファードは絞りだすように答えました。

「定義づけをしようと思ったんだよ、単に、俺は。永遠に犬の姿をとどめるならともかく、あれを使い魔にするって言うなら解呪の定義はどうしたって必要だろ。で、選択肢は多くなかったんだ。なるべく難しいもののほうがいいかと、式を編むときに難易度だけ尺度にして適当にその辺から拾っちゃって――うっかりしてたよ」

 大きなため息。

「魔王ともあろうあなたが」

 サラディンにも解ってはいます。彼の呪式は間違っていません。
 むしろ、

「確かに情交は、使い魔と魔女の契約の中では一番スタンダードな鍵ですから、定義づけには持って来いですけれど」

――二人は重苦しいため息をつきした。

 極東から砂漠を渡って来た春の鳥が、高く鳴いて旋回しています。

「すみませんでした!でもどうしてこんなことに気づかなかったんだろうな俺……ほんとに……」

 ふよふよと浮きながら上になったり下になったり、珍しく悩んでいる使い魔に背を向けて、サラディンは踵を返しました。

 彼は実は、おぼろげながらその理由の一端に気づいています。けれどそのことについて言及するのは、自分のプライドが許しませんでした。だから最初は鋭かった矛先がついつい鈍って、せせらぎに沿ってなんとはなしに歩き始めました。

 傷も少ない金色の花が一輪、殆ど散らないままに浮きつ沈みつしながら流れています。滝にも剥がれ落ちなかったらしき花弁に感心して、サラディンはこの花を何かまじないに使えるのではないかと考えはじめました。大したものではなくても、少し珍しいものになるかもしれません。友人の小さな魔女は面倒がってあまり使いませんが、魔方陣を工夫すれば気のきいたものになるのではないでしょうか。

 サラディンは優雅に片膝をついて花を掬いました。

 その時、

「あ――……そうだ」

 悩んでいたルシファードが、答えに近いものを見出したようでした。

「アレやコレやのエッチなことは確かに一般的には使い魔と魔女の関係でポピュラーだけどさ、俺とサラディンの間では全然ありえないもんな!考えたこともなかったし。俺も魔王兼業使い魔やってもう何百年だったかよく覚えてねぇけどさ、長い間に頭からすっぽ抜けちゃったんだろうなあ。……あれ、サラディン?どうかしたのか、花握りつぶしちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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