ごあいさつ2013

 
 


皆さまお久しぶりでございます。鳩野深透です。
まだ見て下さっている方がいらっしゃるのかわかりませんが、もしいらっしゃったらとても嬉しく思うと同時に、御無沙汰をお詫びしなければなりません。

このたびコミックマーケット84参加を最後に、「雪花石膏」は休止いたします。

既に事実上の休止状態が続いておりましたが、鳩野の気持ちの上で区切りがついたということです。
「三千世界の鴉を殺し」
これからルシファードとサラディンの物語がどう結末を迎えるのか、楽しみにしております。白氏とラフェール人の行く末も本当に気になっています。その辺りでまた戻ることもあるのではないかと、今でも割と本気で思っています。その日を、ずっと待っています。



思えば私は十二年前、奈落に落ちたのだと思います。
ニコラルーン・マーベリックという人物の弱さと脆さに、若かった私はどれほど執着したことか。
彼の影を彩るのは、津守時生の筆になる様々な人物たちの言動であり、また世界観そのものでした。

そう、ニコラルーンのはるか先を歩む同族のマリリアード・リリエンスールが……

そしてアスカ・フェイガンが、コルネラ・シムが、カオヤイ・スリウォンが、カオヤイ・ブラナーが、
ルシファード・オスカーシュタインが、ライラ・キムが――。

彼らが強靭でやさしく美しいほど、私はあの異端のラフェール人を愛しました。誰にでも好かれるようにふるまえるのにいつもどこかで傷ついている子供。誰かのために強くなろうとしては自他を傷つける子供。自分の許容できる世界にしかやさしくできない、金髪のたおやかな天使の末裔。冗談が好きで軽妙で甘えたで。

……カーマイン基地軍病院内科主任カジャ・ニザリのことも記しておきます。
ああしかしどこから語ればいいのだろう。そうだ、彼自身の物語に深く深く根ざしている、白氏の一族そのものが私はひどく愛しいのです。殆ど語られることがなかったまま退場した銀河連邦軍情報部部長スクトラバも、そして少女のかなしさと残酷性を持つ「巫女姫」ウィーヴも。
彼らもまた、マリリアード・リリエンスールをはるかに見つめ続けた人々だった。
私は時の中に取り残された彼ら絶滅種のことを考える時、手に届かないものに向けて叫び続ける声を聴く気がする。
だからこそ短命人類を、ラフェール人を憎み続ける白氏族。そうしてきっとオスカーシュタイン家に囚われ続けるのだろう白氏族。その中でひっそりと生まれ、はじき出された「出来損ない」カジャ・ニザリ。そして彼の弟ティーロ・ニザリ。
ティーロ・ニザリ……。
そういえば物語と物語の狭間、ルシファード・オスカーシュタインの手で命を落としたこの青年について、確信を持って口にできる事は実はとても少ない。語られたエピソードはごく僅かである。白氏族。快楽で人を殺す若い男。しかし極論すれば活字でしかないその言葉の裏側の、奥深くに食い込んでゆきたい欲望を呼び覚ましたのは、やはりあの一族への憧憬でありました。
私の胸の内には今でもなお、一人の青年が住んでいる。
それは白い髪と昏い熾火の色をした瞳の、出来損ないの幼い容姿の兄に執着した若者で、名前をティーロ・ニザリと言う。――その視線の先に、カジャ・ニザリがいる。世にも甘い色彩、華やかな砂糖細工のような……無垢な少女めいた容姿。
傲慢で皮肉屋で医学者としての強烈な矜持を持つ内科医カジャ・ニザリ。生まれ持った能力値自体は、ほんの赤子程度のカジャ・ニザリ。みずからの無力さを知悉するたびに老いていったように見えながら、子供のような柔らかさを失わない、銀河の片隅のちいさなうさぎ。

何度でも言います。とても愛していました。
最初には十代だった私には長すぎる時間が経って、ほとんど精神的な彼我がないもののようになって、確かにいつしか表面的なジャンル活動からは離れました。
それでも今封神演義(これもこの2013年にWJ封神というのがびっくりする人には存分にびっくりしていただきたい……)で書いている物語は、彼らを愛する私がその血肉で書いている物語です。彼らが私の中に示した風景が、そのまま私のいのちになった。弱いものをどう愛するのか。人はどうして強さの意味をとり違うのか。
できることなら、私はその痛みに寄り添い続けたい。
そうすることでまだ彼らと、ずっと歩いてゆけるような望みを抱いている。

長い間、ありがとうございました。
皆様のご多幸をお祈りいたします。




津守時生先生と、彼らの銀河系に愛をこめて
2013年7月、鳩野深透 拝


 





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